江戸時代の商標 150年以上も前の他人の商売と区別するための江戸商人のブランド

明治よりも前の商標

特許は特許庁や特許法が無ければ発生しないものですが、商標は特許庁が無くても存在するものであり、事実として特許庁が存在する前から商標はありました。日本が工業所有権について制度化したのは明治からですが、明治以前の江戸時代やさらに遡った室町時代でも商業があり、他人の商売と区別するための標章が存在してたことを歴史は語っております。江戸時代の名産品と商標の記載(243ページ)によれば、「はじめは個人の商店名でなく集団の製作者が一種の商標となったと思われます。『毛吹草』(江戸初期の状況を伝える俳書)では後藤ノ雛物(ほりもの)、本阿弥ノ利(とぎ)、薬は寺院の名で西大寺豊心丹…が商標、しるしと認められた。」とあり、事業の継続性が基本にあったことは認められそうです。

典型的な江戸時代の商標

江戸時代の典型的な商標
江戸時代の典型的な商標
江戸時代の商標には、いくつかの特徴があります。多くの商標は全体的に長方形の形状に収まる形で構成されていて、上段と下段に分けられるものが多くなっています。
上段 上段の中央には、図形が位置する商標が多くあり、その図形部分の左右に場所、元祖、本家や根元の文字、名物や名代の文字などが位置することがあります。図形部分に屋号を配置するパターンもあります。上段で左右に1文字ずつ配置されている場合は、今日とは逆に右側の文字が先でで、その次が左側の文字となります。
下段 下段には、中央にやや大きめの縦文字で商標の文字部分の商品名があり、左側は商品や役務を提供する責任者の名前、右側にその提供にかかる住所が記載される例が多くなっています。

江戸時代の商標についての文献

  • 紫草 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/977834]
  • 七十五日 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/1185147]
  • 江戸買物獨案内 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/8369320]
  • 商牌雑集 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/2609989]
  • 江戸時代商標集 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/1885038]非公開
  • 毛吹草 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/1128297]非公開
  • 工商技芸看板考 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/992961]
  • 川柳江戸名物図会 国会図書館識別子[info:ndljp/pid/1356718]非公開

商品別商標

隅田川諸白
隅田川諸白
末広酒
末広酒・菊屋長左エ門
銘酒剣菱
銘酒剣菱 瀧水
歌仙の名酒
歌仙の名酒
ワンポイント#1
諸白とは
諸白は、日本酒の醸造において、麹米と掛け米(蒸米)の両方に精白米を用いる製法の名前で、透明度の高い酒、今日でいう清酒とほぼ等しい酒になります。江戸時代では上方から江戸表へ送る下り酒の諸白を「下り諸白」と称しており、当時は諸白 > 片白 > 並酒のランク付けがありました。(wikipediaより)

大仏餅
大仏餅
浅草餅
浅草餅
魚藍餅
魚藍餅 三田山 筑後屋六郎兵衛
幾世餅
幾世餅・小松屋㐂兵衛
ワンポイント#2
幾世餅と知財訴訟
”耳嚢”と呼ばれる旗本・南町奉行の根岸鎮衛の雑話集によれば、大岡越前守の裁きにかかる幾世餅の争いがあったとされています。元々浅草寺門内の藤屋が始めたとされる、焼いた丸餅の上に餡をのせた幾世餅は大人気の菓子でしたが、その一方で両国橋の小松屋は新吉原の遊女幾世を妻として落籍させ、その名前を餅に冠して大当たりしたとされています。落語”幾代餅”は小松屋の話を題材にしているかと思います。両者の争いはついには法定闘争となり所謂大岡裁きでは、両者の事情を斟酌して、藤屋は四谷内藤新宿に小松屋は葛西新宿にそれぞれ移ることを命じるものでしたが、双方示談の上、取り下げとなったとされてます(大岡忠相と幾世餅、とらやwebsiteより)。知財の争いは南町奉行所でも扱っていたということにもなります。

煎餅とあんころ餅

竹村伊勢
竹村伊勢・巻煎餅
竹村伊勢・最中の月
竹村伊勢・最中の月
八ツ橋煎餅
八ツ橋煎餅・八ツ橋源七
薄雪煎餅
薄雪煎餅・伊勢屋次郎兵衛
ワンポイント#3
竹村伊勢の巻煎餅と最中の月
吉原で開業していた万屋伊兵衛が京都御所のお役人にお金を払って国名のついた官位を得た名前(諸職受領)が”竹村伊勢”と呼ばれています。この竹村伊勢には、2つの甘物があり、1つは巻煎餅でもう1つは最中の月です。また羊羹も知られていました。場所が吉原ですから男女の中を取り持つアイテムとして利用され、竹村伊勢は繁盛していたものと思われます。ここに挙げた商標は著名な画家が描いたものとされており、巻煎餅は英一蝶(はなぶさ いっちょう)で、最中の月は狩野派の画家の筆とされています。最中の月はあんころ餅に上に霞のように砂糖がふりかけられたお菓子で、巻煎餅は小麦の生地を筒状に巻いたものだそうです。"竹村は星の座敷へ月を出し"との川柳があり、その中の星とは入り山形に2つ星の太夫(遊女の最高位)を意味しているとされています。

団子

永代ぜんざい
永代ぜんざい・永代橋際佐原屋
難波だんご
難波だんご
御蔵前瓦町
御蔵前瓦町 丸屋喜八
ワンポイント#4
江戸の団子
谷中から根岸に向かう芋坂、音無川のほとりには現在も残る羽二重団子があり、向島には在原業平朝巨が東国を旅した時に読んだ和歌より名付けられ現在も残る言問団子があり、隅田川の永代橋際の佐原屋には永代団子、日本橋室町浮世小路には浮世屋平助の浮世団子、麻布飯倉片町に落語おかめ団子で語られる店の一人娘にお亀さんという絶世の美女がいたとの由来があったお亀団子があり、御蔵前瓦町に丸屋大団子、浅草芳町に丸屋喜八の喜八団子がありました。

おこし・落雁

御所おこし
御所おこし・玉屋伊織藤原光信
嵯峨おこし
嵯峨おこし 和泉屋求馬

飴・菓子

陳三官
陳三官 桐屋治右衛門
京御菓子所
京御菓子所 亀屋和泉檬
蕉芳堂
氷室 蕉芳堂 濱田安兵衛
ワンポイント#5
氷室とは
氷室は京都の和菓子で、京都では老舗の柏屋光貞の”京氷室”と、鶴屋吉信の”御所氷室”が販売されています。両方とも氷をモチーフにした和菓子となっています。

豆腐

唐豆腐乾
唐豆腐乾 美濃屋吉兵衛

山椒

朝倉山椒
朝倉山椒 坂本屋庄七製

海苔

浅草海苔所
浅草海苔所 山形屋惣八

鰹節

鰹節
鰹節 問屋 伊勢屋伊兵衛
土佐鰹節
土佐鰹節 桝屋清兵衛

極上阿都足久保茶
極上阿部足久保茶 糀町三町目
宇治御挽茶
宇治御挽茶 
ワンポイント#6
極上阿部足久保茶との標章は、鎌倉時代の僧、聖一国師が宋(中国)から持ち帰った茶の実を蒔いたのが始まりとされる、静岡の安倍川の支流、足久保川の流域を産地とした足久保茶に使用されていました。この足久保茶は江戸時代には徳川幕府への献上茶として知られていました。宇治茶も江戸幕府から特権を認められ、新茶が採れると良質の茶を壺に詰めて宇治採茶使に茶壷を持たせて江戸に運んで将軍に献上されており、その一行はお茶壷道中と呼ばれていたそうです。童謡ずいずいずっころばしに出てくる”茶壺におわれて”の部分がお茶壷道中を指しているとの説があり、商標も壺の外形が描かれています、挽茶は抹茶を意味するものとされ、碾茶(てんちや)を茶臼でひいて粉末にしたものと思われます。

漬物

昆布巻
昆布巻 金時
萬漬物品々
萬漬物品々 みのや吉兵衛

蒲焼

蒲焼
蒲焼 深川屋茂八
大蒲焼
大蒲焼 山本屋伊助

料理屋

松ケすし
松ケすし・柏屋松五郎
 笹乃雪
笹乃雪 根岸新田二軒茶屋
御鮓所
御鮓所
平清
養老亭 平清
ワンポイント#7
平清
深川八幡宮(現在の富岡八幡宮)の境内には、松本楼があり、深川八幡宮東側の八幡橋のたもとには、江戸天保年代の有名料理茶屋の1つの平清がありました。この深川の平清と並んで有名だったのは山谷の八百善です。平清は明治の東京名物志にも挙げられていた名店でしたが、今は廃業しています。落語”成田小僧”でお調子者の長松が若旦那を連れ、大和屋の芸者小千代に若旦那が一目惚れした場所が平清とされています。
fukagawa 8mangu
江戸高名会亭尽 深川八幡前(平清) 国立国会図書館デジタルコレクションより

薬品・化粧品

團十郎艾
團十郎艾(もぐさ)・本三升屋五郎兵衛
陳熟艾
釜屋もぐさ 陳熟艾
下村山城
常盤橋本両替町 伽羅の鬢付油 下村山城
読書丸
読書丸
ワンポイント#8
伽羅油
伽羅油は鬢(びん)付け油の一種で、胡麻油に生蝋(きろう)と丁子(ちょうじ)を加えて練ったものとされ、技巧を凝らした結髪に便利なため男女を問わず広く使用されたいたようです。丁子はフトモモ科の木であるチョウジノキの開花前の蕾を乾燥させたもので、香料として使用されていました。伽羅の油の「伽羅」は沈香(香木)のことではなく、上質な商品であることを表すための命名だそうです。下村山城は化粧品屋として有名で、”下村の表へならぶ御ぜんかご”の句が下村山城の繁盛ぶりを語ります。店舗があった常盤橋本両替町は日本橋本石町の日銀本店周辺と言われています。
江戸歳事記より
bonchyu ohrai
盆中往来の図

工芸品

花火せん香
花火せん香 横山町参丁目 鍵屋弥兵衛
ギヤマン
ギヤマン・加賀屋久兵衛
ワンポイント#9
ギヤマンとは
ギヤマンはダイヤモンドに由来する言葉ですが、江戸時代ではガラスについて言及しています。また、びいどろがガラス製品全般を指すのに対し、ギヤマンは「カットガラス」を指すとされています。加賀屋久兵衛は、江戸後期-明治時代のガラス職人で江戸切子の創始者とされており、ギヤマンの商標は江戸切子を商品としていたように思います。当時の江戸切子はカットだけで色被せ技法がなかったようで、現在の着色された表面は幕末から明治以降の薩摩切子の色彩豊かな表現技法の流れを継承しているそうです。

梅園

銀世界
新宿 銀世界
ginsekai edo ehon
絵本江戸土産第10編 『四谷新町』銀世界
ワンポイント#10
銀世界
銀世界は、江戸時代に新宿角筈(いまの西新宿3丁目付近、新宿パークタワーの辺り)にあった梅園です。この銀世界にあった梅は今は移設され、芝の増上寺の南側の芝公園にあり、案内板や石碑などもあります。その芝公園の場所はバブルの頃はゴルフの都心のドライビングレンジがあったような気がします。

その他のリンク

暖簾(のれん)記号による和の標章

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