商標権の移転手続

商標権 移転手続

財産権としての商標権は、その所有者を変えることができ、このような所有者を変える手続を移転手続と言います。商標権の移転手続には、大きく分けて、相続や会社合併などの一般承継と、譲渡などの特別承継があります。また、商標権の所有者、即ち商標権者は、その持分の一部を他人に移転することも可能です。名義変更は一般には移転を意味し、これに対して、名義人の表示変更は、単に社名が変わったときのように商標権者は変わりませんがその住所や名称が変わる手続になります。

商標権 移転手続

1.一般承継による移転手続

一般承継による移転手続は、例えば相続の場合や、合併の場合に必要となります。一般承継による移転の場合は、移転登録が効力発生要件ではありませんが、特許庁長官に届け出る義務があります。また、一般承継による移転手続では、承継人による単独申請が認められます。会社の合併の場合には、1つに会社が解散して、他の会社が承継する吸収合併と、会社の全てが解散して新設の会社を設立する新設合併とがあります。このうち吸収合併の場合における吸収した方の会社が商標権者である場合には、吸収合併により新会社名になることがありますが、この場合、商標権として必要な手続は、一般承継による移転手続ではなく、名義人の表示変更となります。

A.一般承継による移転手続に必要な書類

相続の場合には、商標権者であった者の死亡の事実を証明する書面(戸籍謄本など)と相続人であることを証明する書面(相続の資格を有する者全員の記載のある戸籍謄本)が必要になります。相続人の間で遺産の分割協議をした場合、例えば、死亡者の妻、兄弟が相続人で、長男に商標権と移転する場合には、遺産分割協議書の添付が必要となります。会社の合併による場合には、合併の事実を証明する書面として登記簿謄本(登記事項証明書、閉鎖登記事項証明書など)が必要となります。また、代理人による手続の場合には、その委任状が必要となります。なお、稀な事例と思われますが、遺言書が存在する場合には、公正証書遺言か検認済証明書が付いた遺言書を遺産分割協議書に代えて提出することになります。

B.一般承継による移転手続費用

一般承継による移転手続には、収入印紙3000円の費用がかかります。登録原簿に対する手続とも言えますので、特許印紙ではなく収入印紙を申請書に貼付します。

2.特別承継による移転手続

特別承継による移転手続は、例えば有償あるいは無償の譲渡により所有者を変える手続です。譲渡などの移転手続では、移転登録が効力発生要件ですので、移転手続しなければ権利の譲渡は発生しません。商標権の移転登録申請は、登録義務者(譲渡人)と登録権利者(譲受人)の双方で手続をするのが原則ですが、譲渡人が承諾したとの内容の単独申請承諾書を登録権利者が提出することもでき、商標権の移転の場合には、所定の書面(商標法条約第十一条(1)(b)に掲げる書面)を提出すれば登録義務者だけ或いは登録権利者だけの単独申請も可能です。

商標登録令 第八条
(登録の申請)
第八条 商標権の移転の登録は、申請書に商標法条約第十一条(1)(b)に掲げる書面であつて経済産業省令で定めるものを添付したときは、登録権利者又は登録義務者だけで申請することができる。
商標法条約 第11条 権利の移転
第 11 条 権利の移転
(1)[登録に係る権利の移転]
(a) 名義人である者に変更があった場合には,締約国は,自国の官庁に対する標章登録簿における移転の記録の申請が,名義人若しくはその代理人又は権利を取得した者(以下「新権利者」という。)若しくはその代理人によって署名され,かつ,関係する登録の登録番号及び記録すべき移転を記載した書類によって行われることを認める。当該移転に係る申請書の提出に関する要件について,次の場合のいずれかに該当する場合には,いかなる締約国も,申請を却下してはならない。
(i) 申請書が,書面に記載された場合において,(2)(a)の規定に従うことを条件として,規則で定める申請書様式に相当する様式で提出されたとき
(ii) 当該締約国が自国の官庁に対するファクシミリによる書類の送付を認め,かつ,申請書がファクシミリによって送付された場合において,(2)(a)の規定に従うことを条件として,送付された書類の写しが(i)に規定する様式に合致するとき
(b) 権利の移転が契約によるものである場合は,締約国は,申請書に,当該移転が契約によるものであることを記載し及び申請人の選択により次のいずれかのものを添付するよう要求することができる。
(i) 契約書の写し。当該写しについては,公証人その他の権限のある公の当局が当該契約書の原本と同一の内容であることを認証するよう要求することができる。
(ii) 契約書における当該権利の移転を表示する部分の抄本。当該抄本については,公証人その他の権限のある公の当局が当該契約書の真正な抄本であることを認証するよう要求することができる。
(iii) 規則で定める様式及び内容で作成され,かつ,名義人及び新権利者の双方が署名した譲渡証明書であって,認証されていないもの
(iv) 規則で定める様式及び内容で作成され,かつ,名義人及び新権利者の双方が署名した譲渡文書であって,認証されていないもの
(c) 権利の移転が合併によるものである場合には,締約国は,申請書に,当該移転が合併によるものであることを記載し及び権限のある当局が発行する合併を証明する文書の写し(例えば,商業登記簿の抄本の写し)を添付するよう要求することができる。当該写しについては,当該文書を発行した当局又は公証人その他の権限のある公の当局が当該文書の原本と同一の内容であることを認証するよう要求することができる。
(d) 移転が一部の共同名義人に係るものであるが全部の共同名義人に係るものでなく,かつ,当該移転が契約又は合併によるものである場合には,締約国は,権利の移転に関係しない共同名義人が自己の署名した文書において当該権利の移転に明示の同意を与えるよう要求することができる。
(e) 権利の移転が契約又は合併によるものでなく,法令の実施,裁判所の決定その他の理由によるものである場合には,締約国は,申請書に,当該移転が契約又は合併によるものでないことを記載し及び当該移転を証明する文書の写しを添付するよう要求することができる。当該写しについては,当該文書を発行した当局又は公証人その他の権限のある公の当局が当該文書の原本と同一の内容であることを認証するよう要求することができる。
(f) 締約国は,申請書に次の事項を記載するよう要求することができる。
(i) 名義人の氏名又は名称及び住所
(ii) 新権利者の氏名又は名称及び住所
(iii) 新権利者がいずれかの国の国民である場合には当該国の名称,新権利者がいずれかの国に住所を有する場合には当該国の名称及び新権利者がいずれかの国に現実かつ真正の工業上又は商業上の営業所を有する場合には当該国の名称
(iv) 新権利者が法人である場合には,当該法人の法的性質並びにその法令に基づいて当該法人が設立された国の名称及び該当するときは当該国の地域であってその法令に基づいて当該法人が設立されたものの名称
(v) 名義人が代理人を有する場合には,当該代理人の氏名又は名称及び住所
(vi) 名義人が送達のためのあて先を有する場合には,当該あて先
(vii) 新権利者が代理人を有する場合には,当該代理人の氏名又は名称及び住所
(viii) 新権利者に対し第4条(2)(b)の規定に基づき送達のためのあて先を有するよう要求する場合には,当該あて先
(g) 締約国は,申請に関し,料金を自国の官庁に支払うよう要求することができる。
(h) 移転の記録は,当該移転が 2 以上の登録に係るものであっても,1 の申請書で求めることができる。ただし,各登録における名義人及び新権利者がそれぞれ同一であり,かつ,すべての関係する登録の登録番号が当該申請書に記載されている場合にかぎる。
(i) 権利の移転が名義人の登録に掲げる商品又はサービスのすべてには影響を及ぼさない場合において,関係法令がこのような移転の記録を認めるときは,官庁は,当該移転に係る商品又はサービスについて別個の登録を行う。
(2)[言語及び翻訳]
(a) 締約国は,(1)に規定する申請書,譲渡証明書又は譲渡文書が自国の官庁によって認められた 1 の言語又は 2 以上の言語のうちのいずれか 1 の言語で作成されるよう要求することができる。
(b) (1)の(b)(i),(b)(ii),(c)及び(e)に規定する文書が締約国の官庁によって認められた言語で作成されていない場合には,当該締約国は,当該官庁によって認められた 1 の言語又は2以上の言語のうちのいずれか1の言語で作成された当該文書の翻訳文(認証されたものを含む。)を申請書に添付するよう要求することができる。
(3)[出願に係る権利の移転]
権利の移転が出願又は出願及び登録の双方に係る場合には,(1)及び(2)の規定を準用する。この場合において,関係する出願の出願番号が付されていないとき又は出願人若しくはその代理人が当該出願番号を知らないときは,申請は,規則で定める他の方法で当該出願を特定して行うものとする。
(4)[その他の要件の禁止]
いかなる締約国も,この条に規定する申請に関し,(1)から(3)までに定める要件以外の要件を満たすよう要求することができない。特に,次の要件については,要求することができない。
(i) 商業登記簿の証明書及び抄本を提出すること。ただし,(1)(c)の規定が適用される場合を除く。
(ii) 新権利者が工業上又は商業上の業務を行っている旨を表示し及びこのことについての証拠を提出すること
(iii) 権利の移転によって影響を受ける商品又はサービスに係る業務を新権利者が行っている旨を表示し及びこのことについての証拠を提示すること
(iv) 名義人が事業又は関連するのれんの全部又は一部を新権利者に譲渡した旨を表示し及びこのことについての証拠を提出すること
(5)[証拠]
締約国は,自国の官庁がこの条に規定する申請書又は文書に記載された事項の真実性について合理的な疑義を有する場合には,証拠又は(1)の(c)若しくは(e)の規定が適用されるときは追加的な証拠を当該官庁に提出するよう要求することができる。

A.特別承継による移転手続に必要な書類

移転を申請する場合には、譲渡人と譲受人の記載や、その登録の原因を証明する書面として譲渡証書を添付することになります。また、移転が取締役会或いは株主総会での承認事項に該当する場合は取締役会議事録や株主総会議事録と、登記簿謄本(登記事項証明書)を提出する必要があります。また、代理人による手続の場合には、委任状が必要となります。

A-1 取締役会或いは株主総会での承認事項に該当する場合

商標権の移転が、会社の役員の方が絡むケースで利益相反行為に該当する場合には、移転が認められないことになりますので、必要な場合には、取締役会或いは株主総会での承認を証する書面を提出することになります。

i) 個人Aとその個人Aが取締役の会社間の移転

  • 個人Aから甲会社(A氏が取締役)への移転は、有償譲渡の場合に、甲会社の取締役会の承認を要します。無償の場合には、承認は不要です。
  • 甲会社(A氏が取締役)から個人Aへの移転は、有償・無償を問わず、甲会社の取締役会の承認を要します。

ii) 個人Aが甲会社と乙会社の両方の取締役である場合の甲乙会社間の移転

  • 個人Aが甲会社と乙会社の両方の代表取締役である場合、甲乙会社間の移転が有償譲渡の場合に、甲乙両会社の取締役会の承認をそれぞれ要しますが、甲乙会社間の移転が無償譲渡の場合には、登録権利者側の取締役会の承認は不要になり、登録義務者側の取締役会の承認だけ必要です。
  • 個人Aが甲会社の代表取締役であり且つ個人Aが乙会社の取締役である場合、甲会社から乙会社への移転が有償譲渡の場合に、乙会社の取締役会の承認を要します。無償の場合には、承認は不要です。
  • 個人Aが甲会社の取締役であり且つ個人Aが乙会社の代表取締役である場合、甲会社から乙会社への移転は、有償無償を問わず、甲会社の取締役会の承認を要します。
  • 個人Aが甲会社と乙会社の両方の取締役であり、かつ甲会社と乙会社の両方ともそれぞれ他に代表取締役がいる場合、甲会社から乙会社への移転は、有償無償を問わず、取締役会の承認は不要になります。

取締役会の承認の代わりに株主総会議事録による書面の提出も可能です。また、取締役会の人員については登記簿謄本(登記事項証明書)によって証明する必要があります。

B.特別承継による移転手続費用

特別承継による移転手続には、収入印紙30,000円の登録免許税がかかります。登録原簿に対する手続とも言えますので、特許印紙ではなく収入印紙を申請書に貼付します。

3.団体商標の移転手続

団体商標とは、事業者を構成員に有する団体がその構成員に使用させるために登録を受けた商標です。団体商標の移転については、団体商標の商標権を他人に移転すると、通常の商標権とみなされますが(商標法第24条の3第1項)、団体商標の商標権として移転する旨記載した書面と移転を受ける商標権者が社団法人または組合であることを証明する書面とを特許庁長官に提出した場合は、通常の商標権に変えられることもなく団体商標のまま移転されます(商標法第24条の3第2項)。国際登録に基づく団体商標の商標権は、第7条第3項に規定する書面(第7条第1項の法人であることを証する書面)を提出する場合を除き、一切移転することができないとされています(商標法第68条の24)。また、通常の商標権を団体商標にかかる商標権として移転することはできません。

4.地域団体商標の移転手続

地域団体商標に係る商標権は、譲渡することはできないと規定されていますが(商標法第24条の2第4項)、組合等の団体の合併のような一般承継の場合には移転が可能であると定めています。

5.分割移転

登録商標の指定商品又は指定役務が二以上あるときは、指定商品又は指定役務ごとに分割して他社(他人)に移転することができます(商標法24条の2)。分割方法としては、一区分のうち、いくつかの指定商品又は役務を分割移転する場合(「第5類 aaa,bbb,ccc」のようにカンマで区切って記載します。)と区分ごと全ての指定商品又は役務を分割移転する場合(「第5類 全部」と記載します。)があります。必要な添付書類としては、譲渡人の印鑑証明書に加えて譲渡証署が必要となります。譲渡証署は特許庁の移転手続の目的で作成されたものであっても良く、あるいは商標権の分割譲渡に関する契約書の原本でも手続可能です。分割譲渡証書等の収入印紙については印紙税法に従って貼ります。

paper 商標権の移転
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商標権 移転 商標法24条の2、商標法24条の3
(商標権の移転)
第二四条の二 商標権の移転は、その指定商品又は指定役務が二以上あるときは、指定商品又は指定役務ごとに分割してすることができる。
2 国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関又は公益に関する団体であつて営利を目的としないものの商標登録出願であつて、第四条第二項に規定するものに係る商標権は、譲渡することができない。
3 公益に関する事業であつて営利を目的としないものを行つている者の商標登録出願であつて、第四条第二項に規定するものに係る商標権は、その事業とともにする場合を除き、移転することができない。
4 地域団体商標に係る商標権は、譲渡することができない。
(団体商標に係る商標権の移転)
第二四条の三 団体商標に係る商標権が移転されたときは、次項に規定する場合を除き、その商標権は、通常の商標権に変更されたものとみなす。
2 団体商標に係る商標権を団体商標に係る商標権として移転しようとするときは、その旨を記載した書面及び第七条第三項に規定する書面を移転の登録の申請と同時に特許庁長官に提出しなければならない。

権利の移転等に関する手続(特許庁)

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